2008/05/21
デジタル・コンテンツの提供者が語る
情報開拓時代のケータイガンマン

sonyfukuda.jpg(株)ソニー・デジタル エンタテインメント 代表取締役  福田 淳 氏

「ケータイは武器になるツール。武器を使いこなすためには、まずは大人たちがケータイに触れてよく知ってほしい。情報開拓時代を生き抜く子どもに、ケータイの使い方やマナーを教えるのも大人の役目の一つでは。」


まるで拳銃の如く

電車に乗っていると、座席の一列に2、3人はケータイをいじっている若者を見かける。それも座った瞬間、拳銃を取り出すかのように二つ折りのケータイをビシッと開くのだ。西部開拓時代なら電車内は殺し合いである。開拓時代の拳銃のように携帯電話が普及している。

長年、ニューメディアにかかわっていると、新しい機械に対する時代のアレルギーを強く感じる。今回もマスコミでは、ケータイのせいで犯罪が増えたという論調が多い。

犯罪者の自宅から過激なゲームソフトが押収されるとゲーム業界への締めつけが厳しくなる。引きこもりで友人もなく、ゲームより時間つぶしがなかっただけであっても、まずはゲームのせいにすることで世間の理解が得られやすいのだろうか。

ティーンの性の商品化などはケータイの出会い系が普及する前から、ブルセラ販売や援助交際などとして存在していたわけで、ネットだけのせいにするのは如何なものか。

要は使い方次第

武器は武器そのものが悪いのではなく、使い方の教育がなっていないだけかもしれない。扱い方さえ教えてもらえば、武器だって立派な抑止力になるはずだ。刀は抜かないことに存在理由がある。

だから、大人はただアクセス制限付のケータイを子どもに買い与えるのではなく、正しい武器の使用方法について子どもより熟知し、その扱いや立ち居振る舞いを教えるべきなのだ。

使用方法さえ間違わなければ、ケータイは、連れ去り防止などの犯罪抑止・防止にも充分活用できる。
ただ、ケータイで問題なのは、かつての刀や鉄砲のように大人が子どもより使い方を熟知していないので、主従関係のバランスが逆転してしまったことではないだろうか。

だから、大人はまずケータイの罪を責める前に、いじってみるべきだと思う。知らない道具を駄目だというのは、説得力に欠けるだろう。

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